享年 74かな 今月の二十日が誕生日で75になる筈だった。 ガンと告知され早ければ3ヶ月長くて半年と言われて2年頑張った。良く頑張った。
20年以上も付き合いのある友のような父親のようなおじいちゃんの様な存在。
 あちこち連れてまわったなあ。
 昨日の15時あたりだったとの事。この日は何となく胸騒ぎがあったので、昼にお見舞いに行ったのです。
看護士さんに彼は起きてますか?と訪ねると あー ビール持ってきてくれた人?と言われて…
意識はあるから会っていってくださいと、奥様が昨日から泊まりがけで居たらしいのですが、私の行った時間と入れ替わりに自宅に所用で2時間ほど戻っていたとの事。 
 看護士さんが手を握ってあげてください。 伝わりますからと。
 私はやつれた知人を見て、また来るからねって手を握って、冷えてるねって言葉を聞けた。 

 まだ私が誰かを分かってくれていて、感覚もあるようでもう少し踏ん張れるかな?と思い15分もせずに退室。 体力の消耗を避けたくてまた明日会えるからと思っていた。

 三日前に来た時は喋れたし、話もちゃんと出来てたのに疲れてるのかなと感じながら、また明日にでも顔出すかな?なんて思いながら、

 私が今日は朝から腎泌尿器科と呼吸器を受診。
 レントゲン CT 尿検査と終わらせて、結石がレントゲンでは見えない場所にあるので砕けないから、最悪尿管から引きずり出すしかないかもね。と脅されて、
 仕事だ!そのまま都市ガス検査に立ち会い。
 別の知人が訪ねてきて、あーじゃこーじゃしてしまい。17時。jcomとやり取りをして18時。
今から行っても迷惑だなと自宅に戻り。
明日アンテナ工事が終わったら行こう!飲みたがってたポップなんとかってメロンソーダ買って行こう〜。 飲まなくても記憶に残してあげたかった。

 1830に奥様から亡くなりましたとの電話を頂き、故人となった方の楽しい記憶の話をさせて頂きました。
 1800から通夜との事なのでしっかり準備して、なんでそんな格好してるん?って言われる位 シャンとして行かなきゃだな。 彼が好きだった甘いコーヒー持っていこうと思う。
 私の身体はまだ大丈夫かな! 結石が無くならないと血液検査しても分からんだろうと言われた